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  • 鶴瀬小学校開校120周年記念碑の内容を写す(漢数字を算用数字にする) / 「あなたのふじみ☆スポット」教えてください

    開校120周年記念碑 鶴瀬小学校は、 明治6年11月23日大字鶴馬来迎寺に、鶴馬小学校として開校以来120周年を迎える、 明治14年9月15日現鶴瀬公民館の場所に移転し、鶴馬学校と改称する。 明治22年4月21日鶴馬村と勝瀬村が合併して鶴瀬村が誕生したのに伴い、勝瀬学校と統合し鶴瀬学校となる。 明治25年4月21日小学校令により、鶴瀬尋常小学校と改称し、開校記念日を5月1日と定める。 明治39年7月20日鶴瀬尋常高等小学校と改称する。 昭和8年11月23日現在の地に校舎を新築し移転する。その時、地域の方より銀杏の苗が寄贈され、その後、60年間の歴史を見守り大銀杏へ成長する、現在この大銀杏が地域や本校のシンボルとなっている。 昭和36年頃より本市も都市化に伴い急激な人口増となり、鶴瀬西小学校、関沢小学校、勝瀬小学校、諏訪小学校と分離し現在に至る。心や勉学の拠り所であった卒業生の当時を偲ぶ熱き思いは、その後も、この地で育つ後輩たる児童たちによき校風として受け継がれているものと信じる。 ここに本校120年の歩みを記念し先人の偉業を賛え、更なる発展を願い、ここに記念碑を建立する 平成6年3月吉日 富士見市立鶴瀬小学校 開校百二十周年記念事業実行委員会 歴代PTA正副会長会 卒業生有志の会

    2018/12/02 16:56:29  拍手(0)

  • 記念碑の内容を写す / 来迎寺

     抑々 當山の草創は遠く慈覺大師とも鎌倉時代とも云われているが定かではない 当時は西の方、柿沢に建立されたらしいが再三の火災に遭い その都度移転し此の地に再建されて現在に至っていると云い伝えられている 旧堂宇は今から凡そ三百年前に僅か数十戸の檀信徒各位の篤い護法崇祖の念と浄財によって建立されたものであった  爾来 年々発展し近在の信仰の道場として栄え わけても延享の頃より安政の頃にかけて、即ち秀順・永運・蓮海日光須・叡渕・義渕・智道・貫真・恵教・順海等の各和尚の徳を慕い遠く別所・内間木村・膝折方面からの参詣も盛んであった 然し明治の中頃から暫らくの間 無住の時代が続いた為に往時の面影が薄れてしまったのが残念である  近年に至り 先住眞海和尚来住し本堂・庫裡の大修理を行い境内等の整備が行なわれ信仰の道場として、又 ご先祖さまの永眠の霊場としてふさわしい姿となった  しかしながら幾星霜経た堂宇は損傷甚だしく ついに改築のやむなきに至り住職及び世話人各位の発願により建築委員並に檀信徒各位の五年間もの長期に渉る物心両面の尽力により現在の本堂が完成されたのである ************************************ 本堂落慶記念 昭和五十六年十一月吉日

    2018/11/25 17:05:00  拍手(0)

  • 説明板の内容を写す / 富士見市第2運動公園

    本多静六博士の森づくり事業を実施しました。  この富士見市第2運動公園では、公園利用者の憩いの場「四季を通じて楽しめる森林」を創るため、「彩の国みどりの基金」を活用して、南畑小学校の児童や、地域の方々のボランティア活動により、トチノキやミツバツツジなど9種類の樹木(309本)を植栽しました。  「彩の国みどりの基金」は自動車税の一部を積み立て、森林や身近な緑の保全と創出、環境教育の推進など、豊かな自然を次世代に引き継ぐために役立てられています。(なお、この基金は皆様からの寄付も受け入れています。) 「本多静六博士の森づくり事業」は、この基金を活用して、森林の少ない地域において、多くの県民に親しまれる森林の造成を図るものです。 平成22年3月 埼玉県川越農林振興センター林業部 (飯能合同庁舎内) TEL 042-973-5730 ~~~~~~~~ついで情報~~~~~~~~~~~~ 本多静六氏 埼玉県出身。日本の「公園の父」といわれる。 日比谷公園を皮切りに、北海道・大沼公園、福島県・鶴ヶ城公園、埼玉県・羊山公園、東京都・明治神宮、福岡県・大濠公園ほか、設計・改良に携わった公園多数。 武蔵嵐山(むさしらんざん)の命名者

    2018/09/30 20:21:05  拍手(0)

  • 「狛蛙伝説」の説明板の内容を写す / 水宮神社

    『伝説の地に狛蛙』  昔、この土地に住む蛙が、「人間の様に立って歩きたい」と神様に願を掛けたところ、その願いが叶い歩ける様になったが、目が後ろになり不便なので元の姿に戻れるように再び願いを掛けたが許されず、困っていたところを大日如来(不動明王)が戻してくれたと云う。 幼い子を亡くした親が神様に願を掛けたところ、亡くなった子にそっくりな子が生まれ、お礼に 「生まれかえる」と蛙を奉納したと言われている。  猶、当社では狛蛙の阿吽の呼吸から、向って右が「阿」、左が「吽」となり、殿様蛙それ故、頬の膨らみが有る。  蛙は、小さいが気勢・元気があり、前にしか跳ねない事から「前向き」であるとの信仰がある。  訪れる人々に・・・【身も心も若返る、体調が元の身に立ちかえる、家に無事かえる、(お金・福・失せ物・縁)が返る、栄える、見違える、跳ねかえる(根性)、運を持ちかえる、人を迎える、活きかえる、蘇る(衰えた物がまた盛んになる・更生)、水子の霊も此の世に生まれかえる等)】 「かえる」に肖り、此の社会が明るく楽しく繁栄していく事を願う。  蛙は神の御使いとして、また人様を導くとされている。 この里に古くより伝わる蛙の伝説を今に伝えむと蛙に縁のある水宮神社に狛蛙を建立した。            摩訶山般若院  水宮神社

    2018/09/16 19:55:03  拍手(0)

  • 竣功記念碑文の内容を写す / 勝瀬原記念公園

    絆  あの広大な畑地が、今はビル群の林立する近代的な街へと様変わりしました。このふじみ野の地に景観に配慮したグレードの高い街並みが形成され一万余の人々が生活しています。  当事業は、昭和52年の市による開発に係る説明会を期に、勝瀬原開発研究会及び同区画整理組合設立準備会を経て昭和61年2月に当組合を設立、事業開始から今日まで4半世紀に及ぶ長い道のりでしたが無事竣功を迎えることができました。  ここに、地権者の皆様の深いご理解とご協力、そして歴代役員を始め多くの関係者の皆様方のこれまでのご尽力に改めて感謝いたしますと共に、この街で育まれた絆を大切にし、ここに住む方々の幸せ、そしてふじみ野の街の発展を心から願い竣功記念碑を建立します。     平成23年4月吉日        富士見市勝瀬原特定土地区画整理組合                       理事長 梶 兼三 事業概要 事業名 富士見都市計画事業勝瀬原特定土地区画整理事業 施行者 富士見市勝瀬原特定土地区画整理組合 施行面積 約72.56ha 総事業費 146億7千万円 施行期間 昭和60年度から平成22年度 平均減歩率 30.46%(公共減歩24.45%保留地減歩6.01%) 当初権利者数 391人 当初建物戸数 50戸 換地処分時権利者数 4093人

    2018/08/26 17:24:33  拍手(0)